『人間の絆』サマセット・モーム

人間の絆 上巻 (新潮文庫 モ 5-11)

人間の絆 上巻 (新潮文庫 モ 5-11)

訳は古いですが、私は古い訳が好きなので、楽しく読めました。
手紙の結びが「御座候」とか、アナクロすぎて逆に新鮮。
ただ、「ミーチャンハーチャン」とか、むしろ古い時代の流行り言葉は、ちょっとげんなりした。「ミーハー」でもギリアウトじゃないか。作品にふさわしい言葉を選んでほしい。

モームという人は、やたらな悲観主義には走らない人と思っていたので、ラストはそれなりにハッピーなはずと思いながら読んでいたけど、さすがに下巻の真ん中あたりは、こりゃやばいんじゃないか、とちょっとハラハラした。
ただ、素直にフィリップ(主人公)に同情する気も起きず…

この人、「紳士」の概念にがんじがらめになっちゃってて、自分がどうしたいのかよく分かっていない気がする。性根は悪くなく、教養も備えた、しっかりした人物だということは間違いないんだけど、それでも、観念に囚われすぎだと思う。それに、バカみたいにプライドは高いし、自意識は過剰だし、ひねくれすぎてて、人の差し伸べてくれた手をわざわざ冷淡に振り払うようなところがあって、手が付けられない。
自分でもそれが分かっていながらどうしようもないらしいんだけど、そうやって自分を責めるのかと思いきや、最終的には他人を逆恨みってことが多すぎる。私なら、こういう人にはできるだけ係わり合いにならないようにすると思う。まあ、私たちはフィリップを内側から見てるからそう思うので、表に現れる行動だけ見てると、この人とても『紳士的』で、無害に見えるんですけどね。

そして彼の人生に大きな影響をおよぼすミルドレッド。ちょっと可愛いだけで全く自分勝手な、フィリップのことなんか毛の先ほども愛していない女。それにフィリップがメロメロになってしまう。お金はホイホイ出すし、わざわざ自分よりいい男を紹介しちゃったりもする。それで2人が付き合いだすと、地獄の苦しみを味わっている。
こういう人、いるのよね。
ミルドレッドは分かりやすい自分勝手だけど、フィリップも、分かりにくい形ながら、同じくらい自分の事しか考えてないと思う。
自分のことで精一杯な人は、こういう女に誠実に接することで自分の何かを完成させようとする。そのために涙ぐましいほどの自己犠牲を捧げたりもするんだけど、実は、考えてるのは自分の事だけ。これだけ苦しめられている、相手の女性のことすら考えていない。女の立場からすると、こういうの見ると、女みくびんなよ、と思っちゃうんだよ。

ただ、彼の人生の重さと言うか迫力は、よく伝わって来て、最終的にああいうハッピーエンドになって、ま、それはそれでいっかという感じにはなった。さすが大作家の筆というか、人物をけっして一面的には描かないので、私も上記のように考えてフィリップにイライラすることは多かったけれど、他の場面では共感する部分もあったりしたので、まあ、そんなとこです。