ペナン島

深夜特急ペナン島に行ってるのを見た。
私が今年の夏行った場所。
大沢たかおが私と同じ発想でペナン島内を移動してるのが面白かった。

私はペナン島のバトゥ・フェリンギというビーチで、ジェットスキーを経験した。
地元の人が観光客向けにジェットスキーやパラセーリングの体験をさせていたのだ。
ビーチをのんびり見たいだけだった私はしつこく誘われてちょっと迷惑だったけど、バトゥ・フェリンギはあまりいいビーチではなくて、それほど広くもなく、人も多かったので、結局のところそれほどくつろげはしなかった。
だから、この際ジェットスキーでもやってみるか、たぶんもう一生やらんし、と思ったのである。

その人は私より年下、たぶん30代前半くらい?インド人だと言っていた。
日本語がずいぶん上手かった。
私は根性がひん曲がっているので、外人がカタコトの日本語喋ったくらいで
「わ〜すごい〜日本語うまいねぇ〜〜」
などと手放しで褒めたりすることは滅多にない。
でもその人は、そんな私でも感心するほど上手かった。
どうやって覚えたの、と聞いたら、ビーチに来る日本人観光客からちょっとずつ習ったという。すごい。うちの会社でも英語を教えているが、彼の日本語の10分の1も喋れないと思う。真剣味が違うのだ。

その真剣味が何に向かってるかと言えば、たぶん日本人の女の子なんだろう。
私にもいろいろと言ってきた。まぁしゃーない。そういう動機がいちばんパワーあるんだもんね。
注意しつつしばらく喋った後で、彼なら信用していいかもしれないと思った。
日本語が上手かったから。
観光客の女の子を騙して適当にくっちゃおう、くらいに考えているふざけた男は、そこまで真面目に言葉を勉強したりしない。
もうちょっと深みのある人なんじゃないか。
と、思ったが、ジェットスキーでかなり遠くのビーチに連れていかれた時は、さすがにちょっと心配になった。
ちょっと奥まっていてメインのビーチからは見えないようになっている。
アラブ人富豪のプライベートビーチだと言っていた。
そう言われて辺りを見回すと、この炎天下に例の黒いかぶり物をした女性が波打ち際にかがみ込み、何かを探しているようだった。
しかし彼女以外は人影も見えず、青い空と島の緑が続くばかり。
風の音と波が静かに打ち寄せる音以外は、何も聞こえない。
ちょっと怖いな、と思って、私は内心警戒を強めながら、表向きはのんびり歩いていた。

彼がしきりに、ビールか何か飲もうよ、と言って島の奥へ誘いこもうとした。
だが、私は飲めないからと言ってことわった。
何度か同じ事を言われたが、私は頑なに辞退した。
「飲めないならジュースもあるよ」
「ジュースもいらない」
ほんとは、喉が渇いていたんだけど。

彼はそれ以上に無理強いはしなかった。
もちろん、ほんとにただビールを飲むだけだったかもしれない。
それ以上の何かがあったかもしれないし、なかったかもしれない。
でも、私の出方次第というとこはあったんじゃないかと思う。

「ねえ、ほんとに喉渇かない?」
「渇かない」
みたいな会話を繰り返しながら、私たちは浜辺沿いにただ歩いた。静かに。
ほんとに音のない浜辺だった。
プライベートビーチって、やっぱなんかすごいな。

「日本に行きたいな」
彼は何度もそう言った。
まるで私に、
「おいでよ」
と言ってほしいかのように。
このままペナンにいたら、ずっと観光客相手にジェットスキーを操縦するだけの毎日だ。
きっと、自分を変えたいんだろうと思った。

だけど、住む場所を変えたから自分が変われるわけじゃない。
彼から見れば、日本はチャンスの宝庫なのかもしれない。
だけど、日本にだって、実は大して何もないのだ。
ここに、それほど何もないのと同じだ。

「またペナン来る?」
と彼は聞いた。
さあ、と私は曖昧に返事した。
限りなく、NOに聞こえただろうトーンで。

もう、その人の名前も忘れてしまった。
ただ、ジェットスキーを操縦していた彼の背中は、今も覚えている。
それは、はしっこくて優しい、少し怠け者の背中だった。