『迷子の警察音楽隊』

迷子の警察音楽隊 [DVD]

迷子の警察音楽隊 [DVD]

つまるところ、私はロマコメか、ラブストーリーか、ヒューマン系の映画しかみないなというのが分かってきた気がする今日このごろ、TSUTAYAに行ってもそのコーナーしか回らないので、いつも同じ作品しか目に入らず、飽きて来たな~と思った矢先に手に取ったのがこれでした。
エジプトの警察音楽隊イスラエルに招かれて迷子になる、という設定に惹かれて借りました。

たぶんエジプトはアラブ諸国の一つと言っても、わりとイスラエルとは仲がいい方ではなかったかな?でも、作品を見ると、やっぱりそれなりのわだかまりはあるようでした。
ただこの作品に流れていたぎこちなさは、そういった国家同士の感情というよりも、より個人レベルの問題だったように思います。
つまり、お互い、異文化・異国のものに交わる用意があまりなく、とりたてて悪意もないけれども、自分の家庭内でさえ不和があり、言葉も通じないような誰かを受け入れるような余裕はとてもない。
そういう人々がなりゆきで一晩を過ごすことになったら、何が起こるのか、という話でした。

あらすじに「民族や言葉が違っても、心を通わせることができるというメッセージが胸を打つ」とあるんですが、この書き方だとちょっと違うかも知れません。
政治的背景からお互いに不信があり、最初は衝突し、しかしやがて分かり合い・・・というような話ではないのです。
出て来る人はみんな、普通の人です。言葉が通じなくてめんどくさいなと思うし、歴史的にはあまり仲良くしてこなかった人達だからあまり知らないし、さりとて途方にくれた彼らに、背を向けてしまうほどの冷酷さも持っていない。
そういう、ちぐはぐな空気が、全編にみなぎっています。
でも、それがリアルです。
ある意味で、この話は、普通の人間が心の一番奥底に持っている、一番原始的な、一番自然発生的な、まだ「善意」という名前さえ付く前の、淡い善意の姿を描いているのかもしれません。
世間でよく見る異文化交流は、なんだか虚飾の感じがすると思うようなことがあれば、この作品はお薦めかも。




楽団員が10人くらいいて、それぞれに少しずつ事情なり過去なりがあり、味わい深いですが、一番印象深かったのが主人公である音楽隊の隊長、その隊長のカタブツぶりにうんざりしている若い楽団員カーレド、その2人を泊めることになったイスラエルのへき地の食堂の女主人が織りなす人間模様でした。

隊長は結構なおじさんなのですが、女主人は不思議と、若くハンサムなカーレドではなく、彼に気があるそぶりを見せる。一晩、お互いつたない英語で語り合い、いい雰囲気になるのですが、隊長があまりにオカタイために、それ以上進展することなく夜更けに眠りにつく。
女主人は、結局カーレドとベッドを共にしてしまう。隊長はそれに気づくが、あえて何も言わない。

でもカーレドにしても、女主人は隊長のほうを気に入っていて、自分が身代わりにされてることくらいは、分かったろうと思うのです。でも彼は、隊長が苦々しく思っていたその色男らしい勘を働かせて、自分に求められている以上のことはしないまま彼女と別れるのです。

女主人は過去に結婚していたが、離婚して今は一人。子供はいない。若い時は欲しいと思わず、欲しいと思ったときはもう出来なかった。
隊長のほうも、妻と1人息子を亡くしていらい独りで通している。2人が亡くなった理由には自分が深く関わっており、その傷がまだ癒えていない。
そういう傷を持ち合う2人だから、共鳴したのかも知れません。そしてその傷ゆえに、一晩では距離を完全に詰められなかったのかも知れません。

言葉がお互いつたないと、やけに深い話が突然現れたりします。
通り一遍の世間話というのは、実は意外と語学力を要するのです。
本音の、本質的な話が一番言葉を必要としなくて、慣れない外国語を使う時は、一番とっつきやすい話題になっちゃったりするんですよね。
そういう2人の話なので、英語が簡単で字幕見なくても話が分かります。
だから、自分も2人の近くで、ほんとに彼らの話を聞いてるような気分になりました。

次の朝、隊長は女主人と目と目で雄弁に語り合うのですが、何も言わず別れます。
カーレドも何も言いません。
その別れの朝の風が、なんともいえず清々しいです。
砂漠近くの、ホコリまみれの国道沿いの風なんですけど。

隊長を演じた俳優さん(サッソン・ガーベイ)はイスラエルのベテラン俳優だそうです。
どこの国にも、味のある演技をする俳優さんはいるんだなぁとしみじみ思いました。