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カレル・チャペック『ひとつのポケットから出た話』

 

ひとつのポケットから出た話 (ベスト版 文学のおくりもの)

ひとつのポケットから出た話 (ベスト版 文学のおくりもの)

 

 

金曜の夜の図書館で、カレル・チャペックって、どっかで聞いたな、なんとなく美味しそうな名前だなと思って借りたけど、よく考えたら同じ名前の紅茶の店がある。フレーバーティを飲んだことがあって、だからかと思った。

これはいい本だった。とか言いつつ、延長しまくって、返却まで1ヶ月以上かかったけど。ページを繰るのももどかしい、みたいな本ではない。後、一話読み終わるたびに余韻に浸りたくなって、一気に何話も読めない。で、遅くなる。

短編集で、一応、事件仕立ての話が多いので、ミステリーといえばミステリー。でも推理物ではない。

人が死んだり警部が出てきたりするけれど、作品のテーマは人の人間性。矛盾とかすれ違いとか、固定観念とか。それが難しい言葉じゃなくて、あくまで日常生活を超えない範囲の設定と文章で描かれる。

今の時代でも普通に通用するんだよなあ。舞台はあくまで1920年代のチェコで、出てくるのもチェコ人なら、あちこち出てくる地名もみんなチェコ

だけど人間性というのは、普遍のテーマなんだろう。
いちいち、読むたび納得するのだ。普段人ってこういうものだなと思ってる、それとおんなじ視点の作品に出会うと、急に明かりで照らされたみたいにハッとなってしまう。

たとえばこんな話がある。

若い男女がリゾート地で、ある警部とたまたま同じテーブルにつく。女が不意に落とした靴屋のレシートがきっかけで、警部は2人に、同じような何気ないレシートが手がかりになって解決したある事件の話を語って聞かせる。

それは地方から出てきた貧しい女が、愛人に裏切られて殺された哀れな事件で、その女が死んだときポケットに入れていたレシートがなかったら、誰も真相を知りえなかった。警部は向かいに座る若い2人に向かって、真面目な話、たかがレシートと思って捨ててしまわず、何でも保存しておくにこしたことはないと話す。

男はちょっとした面白い話を聞いたという程度で、すぐ別のことに興味を移してしまうが、女のほうは深く感じ入った表情で、男に見えないように、そっと自分のレシートを捨てる。それに気付いた警部は、少し悲しそうに、でも微笑んでそれを見守る。

このあらすじを聞いて、「だから何なんだ」と思う人は、この本は向かない。ああ分かる、と思う人は、読んでみることを薦める。

たくさんの人に読んでほしいと思うけど、今の人にウケる感じじゃないよなあ。
それに、いまどき、1920年代にチェコ人が書いた本なんて普段目にするチャンスがないし、新しい本は無限に出版され続けていて、今後ますます隅においやられてしまうのかもしれない。こんなにしみじみ心にしみる本なのに、これから100年後にはもう残ってないかもしれない。そう思うとさびしいな。

挿絵はチャペックのお兄さんの手によるそうだ。ヘタウマ風の絵だけど、味がある。昔の穏やかな時代、だけど別の面では死がもっと身近だった時代に、こういうシンプルな線でシンプルな絵が描けたんだなあ。

「透視術師」「足あと」「最後の審判」「仮釈放者」などが特に心に残った。青い花の話は、そうでもなかったかな。